AIを使っても、AIに使われないように。

2026/07/06

エッセイ

今、AIの話題を見ない日はない。

私は、AIには良い面も悪い面もあると思っていて、好きか嫌いかも決めかねている。

ただ、AIを極端に崇拝したり、何でも否定したりする考え方が苦手だ。両者の意見ばかりが目立つと、「もう少し、落ち着いて考えられないのかな」と思う。

AIブームと呼ばれるくらいだから、両極端になるのも無理はないのかもしれない。今後落ち着いて来ると思いたい。

それでも、違う視点を気軽に話しにくい雰囲気は、少し窮屈に感じる。

私は、相手の考えを変えようとは思っていない。ただ、「私はこう思うよ」と、お互いの別の視点を持ち寄って話せたら嬉しい。

だけど、AIについて少しでも否定的な話をすると、AIアンチだと受け取られてしまう場面もある。

私もAIは使うし、悩みを相談をしたこともある。

個人の感想だけど、AIを使って、自分の考えを深めることに向いてないと思った。

むしろ、AIの答えに自分が引っ張られているように感じた。「私の気持ちは『まさにこれ』ってのとは違うけど、少し近いか…」と、無理やり自分を納得させてしまう。

だけど、そんな何でも「答え」をすぐに出さないといけないだろうか。人間はいつでも白黒ハッキリつけられるとは限らない。

決断を迫られてるときは、早く答えを出さないといけない。

でも、それ以外の全て、例えば自分のモヤモヤや寂しさに答えって、今すぐ必要だろうか。

あえて、そのままにするのも悪くないし、日々の生活の中で答えが見つかることもある。

AIを使っても、AIに使われるな。

私がいつも意識したいことだ。

主導権は、いつも「自分」にある。AIを使う前に、まず自分の悩みは、自分で考える・決める時間が必要だと思う。

先にAIを使うと、自分よりも良い言葉を出してくれる。その言葉を「自分の考え」として扱ってしまう。

それが続くと、自分の中から出る言葉や考えにも、自信がなくなってしまう気がする。

そう思うと、AIはアルコールに似ている。

AIによって、仕事、人間関係、心や体が救われる人もいると思う。悪い事件やトラブルが起きてるのもまた事実だ。

だけど、その“もの”自体が、全ての元凶とも言えない。

結局、扱う人によって、“もの”の印象が変わる気がする。

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