ポテトチップスのパッケージが白黒になる、ケチャップのプリントの絵が減るというニュースを見た。
それに関連して思い出したのは、小説の値段も上がっていること。読書が趣味だけど、主婦の私はポンと買えなくなってしまった。
小説はもう気軽な娯楽ではなく、贅沢品になってきているのかも。kindle unlimitedのおかげで、まだ悲観的にならずに済んでいる。
紙といえば、もしお気に入りのノートブランドが高くなったら嫌だな。
私はノート、手帳、手紙や日記が大好き。話すより書く方が、気持ちを伝えやすい。気軽に買えなくなったら、自分の意思を表現するのが難しくなる。
身近な物がどんどん高くなり、商品から色が消える。当たり前にできていたことができなくなる。
これらの小さな変化の連続に、どうしても「戦争」という言葉が頭をよぎってしまい、怖くてたまらない。
歴史を勉強した時に、戦争はある日突然始まるのではなく、日常の小さな変化が積み重なった先にもあるのかもしれない、と思った。
物資不足、娯楽の制限、厳しい暮らし。
暮らしの中にある色というのは、人の心を元気にするものが多い気がする。
それが減っていくというのは、感情にも色がなくなっていくのではないかと思う。
すると、負の感情も募りやすいかもしれない。我慢や余裕のなさが続くと、人に優しくするのも難しくなるのかもしれない。
今までは、戦争は遠い国で起こっていること、昔の話。だと思った。
最近は毎朝、新聞に目を通す時に緊張している。
ノートブランドが値上がりしていないか。どこかの国の影響が、日本やカナダに飛び火しないか。
私は平和とか、戦争とか、正直よく分からない。
だけど、平凡な日常って、実は一番「有るのが難しい」のかもしれない。
大切な人とお腹を抱えて笑えること、美味しいものをたらふく食べられること、安全が保証された暮らしがあること。
ノートを好きな時に、好きなだけ、丁度いい金額で買えるのだって、今までは全部当たり前だった。
1年後、「あの時、いらへんと思った紙もとっておけば良かった」と後悔しないために、今年に入ってからどんな紙も大事にしている。
広告は裏紙にして、包装紙などもとっている。買ったまま積んでるノートは、表紙をリメイク。使っているノートは余すことなく書く。
紙だけじゃなく、自分の今の穏やかな日常もそうだ。家族や友達との時間を大事にし、趣味を堪能する。
とはいえ、そんなことで何かが変わるのか。
具体的な活動を行っている人からすれば、私の言っていることはキレイごとだとも思う。
戦争の影を遠ざけるには何が正解なのか、何をどうすればいいのか、よく分からない。
100人いれば100通りの考えがありそうだし、大事なことだからこそ自分の頭で考えないといけないと思う。
毎日、「怖い。でも今を生きよう」の思いが行ったり来たりする。
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