私は7年間、『引き寄せの法則』という宗教にハマっていた。
この法則を信じる人からすれば「宗教じゃない」と言われそうだけど、私にとっては怪しい“宗教”だった。
今日はそれにハマるキッカケ、抜け出した理由、何を感じたかの記録。
- ここで言う“宗教”はキリスト教、仏教、イスラム教のように、長い歴史を持つ信仰とは別の話です。
- 『引き寄せの法則』を信じる人を否定する意図はありません。
- あくまで、怪しげな“宗教まがい”にハマった私の話です。
- 少しでも抵抗がある方は、どうぞ無理せず、ここで引き返してくださいね。
願えば叶う法則
『引き寄せの法則』は、願えば叶う、という考え方。
「お金持ちになりたい」と思えば、お金持ちになれる。今ならおかしなことだと思えるけど、当時の私は本気だった。
出会い
『引き寄せの法則』との出会いは、18歳の頃。
就職先の社長が、まさに熱烈な信者だった。月イチの勉強会では必ず、この法則の講義。
「倒産寸前だった会社が黒字になったのは、この法則のおかげだ」と、社長は熱く語っていた。
最初は聞き流していた私も、繰り返し聞かされるうちに、心が揺らいでいった。
そこまで惹かれた理由は、人生を変えたかったから。
私は、毒みたいな家族に囲まれて育った。人を信じられず、人生はつまらないと決めつけた。
家族から抜け出したい。信頼できる人に出会いたい。でもやり方がわからない。
「思考が現実になる」
この言葉に救いを感じたし、願うだけで叶うならラクだとも思った。
信者だった頃のリアル
社長オススメの本を買い漁り、月に10冊以上読む。どれも同じようなことばかり書いていたが、読むたび「私の人生が良くなっている」と錯覚。
セミナーにも毎月2〜4回参加。他の信者さんたちと「何を引き寄せたか」の”成功”報告会に熱心だった。自由に使えるお金はすべて、“引き寄せ”関連に消えた。
でもある時、ふと気づいた。みんな目はギラギラして、体はやせ細り、髪や肌はボロボロ。幸せそうというより、何かを搾り取られているように見えた。
それでも私は些細な疑問を打ち消した。たくさんお金を出しても、私はまだ家族から抜け出せていない。「願い」が足りないんだと思った。
四六時中「私は幸せ」「感謝」と唱えていた。ノートには豪邸、大金、海外旅行、セレブのような生活を書いた。
抜け出すキッカケ
転機は、旦那さんだった。彼は『引き寄せの法則』も神様も信じない人。
でも私を無理にそこから引き離そうとしたり、否定したりせず、冷静に質問してきた。
「なんで願えば叶うの?」
「宇宙と潜在意識って何?」
最初はめんどくさいと思った。曖昧に返すとまた質問。彼は、物理学や心理学の専門知識を用いて、引き寄せの法則の穴や変な部分を突いてきた。
答えを探しているうちに、私自身の中にも「おかしいかも」という疑問が膨らんでいった。
引き寄せたものを話した時、彼は言った。
単に、Maiが頑張ったからじゃない?
あれらは、自分の行動の結果なのかと気づいた。そこから、少しずつ『引き寄せの法則』と距離を取るようになった。
行動と疑問が私を救う
私を救ったのは、自分の行動と疑問だった。
警察や役所、人を頼って、適切な手続きをしたから、家族から抜け出せた。
今の幸せも、誰かに与えられたわけではない。
自分がどうなれば幸せなのか。
それを考えたから、今の充実した日々がある。
自分が恐ろしい
『引き寄せの法則』より怖かったのは、人の忠告を聞かず、疑問も持たずにお金を出し続けた自分。
騙されている、不幸になっていることも薄々気がついているのに、認めるのが嫌で”信仰”に走った。
何かにのめり込んでいる人には、正論も忠告も届かない。さらにその法則に囲い込まれて、もっと孤独になって悪循環。
本当に欲しかったもの
本当に私が求めていたものは、ささやかな日常だった。
美味しいもの、健康な体、趣味と心地よい家。信頼できて尊敬できる大切な人たち。
今の私は、それをちゃんと手に入れている。だから「幸せ」と心から思う。
感謝は、言い聞かすのではなく、内から自然と溢れるもの。
幸せは、自分の行動の結果だと思う。
さいご:人生を変えるって?
「一瞬で人生が変わる」なんて、かなり稀だ。
私の場合、孤独と暇で『引き寄せの法則』にハマった。寂しさや承認欲求を、簡単に埋めてくれる存在だったからだ。
でも心がグラついている時こそ、すがりつくものや相手をしっかり見極めないといけない。
危ないものにすがらなくても、きっかけやチャンスはどこかで巡ってくる。
それを逃さないように、自分で掴むのが、“人生を変える”のではないか?
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