身の丈に合った暮らし

2026/03/15

エッセイ

私は、36年間で15回引っ越した。

今はカナダで、旦那さんと二人暮らし。アパートメントに住んでいるのだけど、今年で7年目を迎える。私にしては、長く住んでいると思う。

日当たり良好、静かで、治安も良い、清潔感があって、家賃も無理がない、が決め手だった。

でもこれは、住まい選びの”条件”だ。

今の住まいに決めた理由は、私の「身の丈」に合った暮らしができるからだ。

そう思うのは、親との苦い経験から来ている。

小学生の頃、家族6人で2DKのボロ屋に住んでいた。トイレに電気はなく、雨漏りで木が腐って天井がたゆんでいた。布団に入るたび、「天井が落ちてきたらどうしよう」と心配したものだ。

隙間だらけでボロボロだったから、ムカデ、ゴキブリ、ネズミが入り放題。寝ている時、ムカデが私の首を這っていたらしい。

こんな環境なら虫に耐性があると思うかもしれない。てんとう虫ですら、怖い。

中学生の頃、父が家を買った。驚いたのは5LDKもあって、ほぼ新築。さらに驚いたのは、立地だ。お金持ちしか住めない場所だったのだ。

「どこにそんなお金が?」と思ったが、それより私は、1人部屋を持てることが嬉しかった。

ベッドはここに置いて、友達を呼んで恋バナして…と妄想に忙しかった。

1年経たずして、両親は顔を合わせれば不平不満。お金のやりくりが難しくなったようだ。チクチク嫌味ばかり言う母に、父は暴力で対抗した。

「誰のおかげでこんなええ家に住めると思ってんねん!もっと感謝しろ。」
「あんたが勝手に買ったんやんか!」

2人の関係の溝と眉間の皺は、どんどん深くなっていく。

床は傷だらけ。父が物を投げるから。天井はヤニだらけ。母がタバコばかり吸うから。壁にかかった写真は埃だらけ。掃除する余裕すらないから。

私は写真にフッ、と息を吹きかけた。

入学式、卒業式、家族旅行。私たちはどれも笑顔でピースして、肩を並べている。

(だれ…この人ら。)

立派な家での悲しい記憶と同時に、ボロ屋の楽しい記憶も思い出す。

家が床下浸水して、みんなでバケツリレーすることになった。

父が誰が一番多く水をはこべるか勝負と言い出し、みんながバケツをかまえる。でも開始5分で、戦意喪失。

「無理っ!腰痛い」
「膝、使え!」
「アカン!水、もっと入ってきてんで!」

もうキリがないから最後は水遊びになり、お腹が痛くなるほど笑った。

「家」という箱だけを見て、家族の幸せ度は推し量れない。

だから、身の丈に合った生活がいいと思った。

もう少し丁寧に言うと、私はどんな家に住むかよりも、「誰」と「どんな風」に暮らしたいかを大事にしたい。

誤解しないでほしいのは、贅沢やマイホームを否定しているのではない。

私は一緒にいて心休まる旦那さんと、健康で、楽しく安心して過ごせること。そういう生活ができる場所が、今のアパートメントだ。

遮るものがないから、空が広い。

あのキレイな家を離れて13年。今は別の人が住んでいるそうだ。

家族だった人たちは今、どこで何をしているのか、生きてるのかどうかも分からない。

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