旦那さんはカナダ人。と思い込むことにした。
私はここ3ヶ月、夜ご飯までは彼と英語で話している。
彼は日本で生まれ育ったけれど、英語も考え方もカナダ育ちの人みたいだ。
以前も、彼と英語で話す練習をしたのだけど、私は困ったら日本語に頼っていた。
それが甘えとなり、日本語に戻ってしまった。
今回も、旦那さんが「英語で話そう!」と提案してくれた。でも、また中途半端に終わることが怖くて、すぐに「うん」と言えなかった。
私は思い込みが激しい。何かが少しうまくいかないだけで、自分がダメだと証明する理由を探していた。
「できない」自分を想像して、本当にいろんなことができないでいた。
だったら、これを逆手に取ればいいのではないか?
旦那さんはカナダ人と思い込めば、日本語に逃げられない。今度こそ英語が上達するんじゃないか、と思ったのだ。
そもそも、分からない単語を日本語に頼るのでは練習にならない。
外に出れば、英語が当たり前だ。練習でしっかり間違えて、挑戦しないと意味がない。
彼にも「今日から、あなたはカナダ人」と言って、カナダ人になりきってもらうことにした。
効果があった。
彼と英語で話していて、私が「It's like 推し活」と言ってしまったとする。即座に私は、「You are Canadian, You are Canadian...」と呪文のように唱えた。
彼も日本語が聞こえたら、「What? I'm Canadian」と言ってくれる。このやりとりはちょっと面白い。
最初の1週間は、咄嗟に日本語が出ることが多かった。
1ヶ月半頃には、私の中で、彼は完全にカナダ人になった。
日本の流行語も、まずは英語でどう説明するかを考える。「You are Canadian」を唱える機会も減ってきた。
それと、英語がペラペラになったかは別だ。
日本語のニュアンスを、英語で上手に伝えられないのはストレスだ。
例えば、嫌味な人の話をしていて「そいつ、めっちゃ感じ悪っ」くらいのニュアンスを旦那さんにも感じてもらいたい。
でも、私が嫌味を日本語でも英語でも言わないから、どうしてもマイルドな表現になっていると思う。
「もっと嫌な感じやねん!」と思っても、それを英語でうまく表現できないのは悔しい。
そういう時に、日本語を使う許可をもらおうとする。でも彼は、「No. You can do this」と言う。
今回は、彼も晩ごはんまでは英語を徹底してくれて助かっている。それが、私に「彼はカナダ人だ」と再認識させてくれるからだ。
相手が日本語を分かると思うと、英語を話す時の恥ずかしさもなかなか捨てきれない。
発音も日本人アクセントで理解してもらえるし、困ったら日本語で補足もできる。
今回は、発音も旦那さんに何度も教えてもらい、文法や時制も気をつけている。
恥ずかしさよりも「何とか伝えなきゃ。私はできる!」という気持ちに集中している。
そうして、彼と英語で話して3ヶ月目に入った。
最近では、日本語を話していい状況でも英語のままのこともある。
3ヶ月前は言えなかった発音も、できるようになってきた。
彼をカナダ人にして自分を追い込むことで、まずは、「私はできる!」と思う気持ちから入った。
そうすると、行動もうまくいくとわかった。
英語を話す時に必要なのは、文法や発音の前に意識を変えることだったとは。
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