平安時代のセレブ、藤原一族。彼らの「人間臭さ」に、私はどうしようもなく惹かれている。
きっかけは野次馬根性だった。浮気ばかりする夫に疲弊する妻、上司に言いがかりをつけて、攻撃する御曹司。権力争いやドロドロした愛憎劇。
1,000年も昔なのに、やっていることが現代のワイドショーやSNSの炎上騒動と変わらない。それが興味深かった。
もっと知りたくて、学生時代には見向きもしなかった「国語便覧」を買った。
現代語訳の古典書を読みながら、便覧の家系図を指でなぞる。一人の名前を見つけると、その親、兄弟、子、ライバルへと、芋づる式に関係を掘り下げてしまう。重要人物には線を引き、Notionに関係図や出来事をまとめている。
おもしろい人物エピソードを見つけたら、人に話したくなる。調べ始めると、気がつけば数時間経っている。
こうして、文字の羅列でしかなかった名前が、私の頭の中では血の通った「人間」になったのだ。声までも想像するようになった。
地位も、お金も手に入れた道長でさえ、体を壊したのに「仕事やめさせてもらえない」とぼやく。
仕える姫を「推し」として、その賢さや雅さをエッセイに書き残した清少納言。
「夫が今日も、別の女のところへ行く」と寂しさや悔しさを描いた藤原道綱母。
そこには、今の私たちと同じように悩み、笑い、嫉妬する人たちがいる。
人の心根は変わらないんだと思った。私は、その人間臭い部分に夢中になる。
1,000年も前の人の失恋、人を亡くした悲しみ、家族を大事に思う気持ち。文化や言葉も違うのに、自分と大昔の人が手を取り、お互いの気持ちがわかり合えることにロマンがある。
どの時代の人とも繋がれるような気がする。
著者を通して、自分の悩みとも向き合うことができる。「君が悩んでることは自分らも経験したよ。ひとりじゃないよ」と励まされているような気分だ。
面白いのは、自分の年齢、状況、環境などによって、古典に書かれている内容の解釈が変わることだ。何度読んでも発見がある。
もっと古典に魅了されたいし、藤原一族のことももっと深く知りたい。
今の時代はAIやSNSが話題の中心にいるけれど、1,000年後にはそれらの形はきっと変わっているだろう。
でも、人が嬉しいと思うこと、悲しいと思う気持ちは、未来も変わらないと信じたい。
人の心根、いとをかし。
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