noteで『この住まいに決めた理由』のお題を見た。
私は、カナダで旦那さんと2人暮らし。今の家に決めた理由なんてほとんどなかった。どこに住んでも大差ないと思っていたし、不快が少なければそれで良かったから。
ずっと、「家って何だろうな」と考えていた。
結婚したらマイホームを買うのが普通。家は守って、継いでいくものだ。そして、家がどれだけ立派かを競い合い、一喜一憂する。そんな大人たちの中で育ってきた。
私からすると、それはパートナーの見た目と条件の良さを競っているのと同じに思える。理想も大事だけど、その人の性格や愛情も見ないと、長い関係を築くのは難しい。住まいも同じじゃないだろうか。
家柄、文化、憧れや価値観を否定するつもりはない。
ただ、私は「家」の豪華さにこだわらない。
ステータスで競い合うと、虚しくなりそうだからだ。住むのは自分なのに、なぜ一緒に住まない他人に価値を示す必要があるのだろうか。
それに、どれだけ立派な家でも、災害や火事になったら崩れる。その瞬間、貧富の差もなくなる。世の流れ、家族のかたちが変わった時、ステータスはすごく脆いものになる。
私はこれまでに立派な家、ボロボロの家に住んだことがある。親が無理して立派な家を買った結果、借金まみれで、家族は離散。
一方で、ボロボロの家では「みんなで頑張ろう」と励まし合っていた。生活は貧しかったが、心は豊かだった。
また、誰と暮らすかで住み心地も変わると思う。私はカナダと日本でいろんな人とも一緒に住んだ。実の家族、彼氏、ルームメイト、ホームステイ、旦那さんの家族。
同じ日本人でも快・不快も違うし、年代によっては許容範囲も違う。さらには、一緒に暮らしていて気になるところを注意しても、聞く耳を持つ人と持たない人もいる。お互いに寄り添えないと、家に帰るのが嫌になる。
「家」の箱そのものが、どれだけ大切かはいろんな人が説いてくれる。だけど、「どう暮らすのが幸せか」は誰も教えてくれなかった。
だから私は、どんな家かより、誰とどんな風に暮らしたいかを大事にしたい。
今のアパートメントに住んでみて、自分の心地いい基準が見つかった。
日当たり良好、治安が良い、静かで、家賃に無理がないという条件がハッキリした。
それから、心休まる旦那さんと一緒に、安心・安全で楽しい暮らしができること。
それが、私の「住まいを決める理由」だ。
🌻関連記事
.png)
.png)

0 件のコメント:
コメントを投稿
Thanks for commenting! コメントありがとう!