家事と「ありがとう」

2026/06/12

エッセイ

家事とは、感謝されないのが当たり前と思った。

私の継母は専業主婦だった。我が家は7人家族で、彼女はひとりで、いつも朝から晩まで動き回っていた。

父は手伝いもしないし、感謝もしない。

私は中学生くらいになると、継母の手伝いをするようになった。

お皿洗い、お風呂掃除、洗濯を入れて畳む、年の離れた兄弟の世話など。胸を張って、家事を終わらせたことを報告。

「そんなんやって当たり前。いちいち言いに来るな。」

明らかに怒っていた。何が悪かったのか、今も分からない。

でも、家事に感謝なんか求めないのが普通なんだ、というのは分かった。

今、私は専業主婦だ。

なりたくてなったのに、「〜しなきゃ」の義務感でいっぱいだった。

でも旦那さんは「俺がやるよ」と、私が集めたゴミを捨てに行く。私が体調不良の日には、「何かできることはないか?」と聞いて、家事を全部こなしてくれる。

この優しさに、最初は戸惑った。継母はしんどい日も無理していたから、私もそうするのが当然だと思ったからだ。

もうひとつ戸惑ったのは、彼はどんな小さなことにも、私の目を見てお礼を言う。

例えば、私がトイレ掃除したのが分かると、「キレイにしてくれてありがとう」と言うのだ。

そんなことやって当たり前なのに、お礼を言う必要ないのに。

それで思い出した。

継母のお手伝いをした時、お礼を言ってほしいと思ったけど、ちょっと違う。

「ありがとう」を通して、自分が家族の力になれたことを実感したかったんだ。

私にとって、親からの「ありがとう」は、「あなたの想いを受け取ってるよ」という意味だった。それがないというのは、私の気遣いもなかったことになる気がした。

私は言葉そのものより、言葉に込められた想いを探してしまう。

継母のこと、自分の結婚生活を振り返って、家事は「やって当たり前」な考えはダメだ。

自分の仕事ぶりは、一緒に住んでいる家族しか見ることができない。

その家族が見てくれなければ、自分のやっていることが誰かの役に立つのか分からなくなる。

それに、心のこもった「ありがとう」は、自分自身の存在が認められたような気持ちになる。

家族のために家事をする。でも、それだけでは義務感になって辛い。

感謝を受け取ることで、私もまたこの家で心地よく暮らせていると感じる。「自分のため」にも、家事をしているんだと思う。そうやって、家の中の空気も穏やかになる。

いつの間にか、笑顔と「ありがとう」が当たり前になっていた。

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