下記の記事を読んだ。
「夏休みの宿題、AIでやっていたら… 識者が考える「声かけ」とNG」
私は正直、読書感想文の宿題は「目的」を見直すべきじゃないかと思う。
読書感想文の本来の目的は、本を読む楽しさを知り、自分の想いを言葉にする力を育てることだ。
それが達成されていないと感じるからだ。
だけど、今は本を読まなくても、AIで簡単にそれらしい感想が書けるし、先生も生徒がAIを使ったかどうかを見分けるのは難しいと思う。
だから、「目的」そのものを見直すべきだと思う。
今の時代、AIを使うのは当たり前になってきて、親や先生が禁止したくてもできないだろう。それこそ、スマホやネットがないと難しいのと似ている。
それなら、AIありきの読書感想文にして、正しいAIの使い方を教える。でも必ず、本は読むこと、まずは自分の意見を自分で考えることをルールにする。もしくは、宿題ではなく、先生や親の目が届くところで読む・書くなど。
そういう私は、読書感想文は嫌いだった。
先生は「自由に書いて良い」と言うけれど、「おもしろくなかった」と正直に書くと評価がもらえなかったからだ。(ここは先生や学校によるのかもしれない。)
整った文で、「正しい」意見じゃないといけなかった。本来、感想は自由なはずなのに、なぜか読書感想文の宿題には、大人の求める「正解」がある気がした。
文章の書き方や構成には良し悪しがある。でも意見そのものに正解・不正解をつけることはできないと思う。
本当の気持ちで書いたら評価をもらえないから、私はネットで投稿されている誰かの読書感想文を写したり、あらすじだけで原稿用紙を埋めたり、友達の感想文を真似たりした。
AIがあってもなくても、提出するだけなら方法はいくらでもあった。
私は読書感想文を避け続けた結果、読書で養われるべき想像力、表現力、思考力、読解力や語彙力がつかないまま、大人になった。
今も理路整然とした文章を書く練習をしているし、自分の意見をまとめるのは苦手だ。
さらに、今の時代は娯楽が多いから、本を手に取る機会はもっと減っているように思う。本だけでなく、アニメ、映画、ゲームにも、心を動かす作品はたくさんある。
だから「読書感想文」だけでなく、あらゆる作品の「感想文」でもいいのではないかと思う。
大切なのは作品を楽しむことや、自分の考えを人に伝える力を身につけることなのだから。
人は自分の好きなものはオススメしたくなるのものだ。そうなると、楽しんで宿題をするキッカケになるのではないだろうか。
もちろん、文章を読む・想像する力を育てるために、本を読むことは大事だ。だけど、活字が苦手な子が作品に触れる入口は、小説以外も認めていい気がする。
そして、今の私は読書が好きだ。
単純に、物語を読むのが楽しいからだ。あとは、旦那さんが私の「おもしろくなかった」も認めてくれるから、意見を話したくなる。
何がどうおもしろくなかったのか、どうなったらおもしろいと感じるのか。
また、公の場にネガティブな感想を書く時は、著者さんやそのファンの人を傷つけない言葉選びをする。
意図せず誤解を生むような表現なら、旦那さんがフィードバックをくれる。
そうやって、言葉の選び方、表現の仕方、意見の書き方を私は学んでいる。
学校の読書感想文もそうあってほしいと願う。
だから、「本を読む楽しさ」と「自分の考えを伝える大事さ」を学べる課題に変えていくべきではないだろうか。
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