「区別」と「差別」の違いって、なんやと思う?
旦那さんにそう聞かれたけど、私は答えられなかった。
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あれは、カナダに来て半年くらいのこと。
旦那さんと映画デートをした。彼はカナダ生活が長く、英語も堪能だ。色んなところへ連れて行ってもらった。
映画を見る前に、モールのフードコートで腹ごしらえ。
フードコートはにぎやかだった。中華、インド、メキシカン、日本食まである。旦那さんは、私のために照り焼きチキン丼を運んでくれた。席につき、フォークを取った。
映画楽しみやねとか、このあと行きたいところについて話した。
ふと周りを見渡した。
私たちの席のすぐそばで、中国語で会話する親子連れや、スイーツを食べながら勉強している中国人がいた。
私の小さな一言は、ごく自然に、あまりにも軽く、口から滑り落ちた。
「中国人、きらい。」
何かされたの?と彼は聞いた。
「べつに、何も。」
私はフォークでチキンをほぐしながら言う。
「日本のテレビとかで、中国人はマナー悪いって聞いたし。」
私は彼らを小馬鹿にするように笑っていたように思う。
「そんなこと言うの、やめたら?かっこ悪いで。」
彼は、明らかに凍りついた声を出した。私は思わず顔を上げた。「え、なに?」と、間抜けに聞き返してしまった。
彼はめったに怒らない。ちょっとしたトラブルにもなだめたり、すぐ冷静に解決する人だ。
怒っているのか、呆れているのか。私には、彼の感情が読み取れなかった。ただ、怖かった。
彼は静かに、冷たく言葉を続けた。
「なあ、Mai。白人とか、黒人とか、中国人とか日本人とか、そういう見た目や国籍で、人のこと決めつけてたら……それ、めっちゃダサいし、相手に失礼やと思うで。Maiだって、『日本人だから、友達になった』って言われたら嫌やろ?」
目は真っすぐで、逃げ場がなかった。それだけ言うと、彼は再びご飯を食べ始めた。
私は返す言葉が見つからなかった。自分の顔がカァっと熱くなった。
自分が“良く見られるために”他人を利用していた。国籍も、外見も、勝手にラベルを貼って、気づかないうちに線を引いていた。
次に湧いたのは怒り。中国人が嫌いと言ったら、彼も同意してくれると思った。
なんで、わかってくれへんの?いつもは同意してくれたり、優しく笑ったりしてくれるやん。
気まずいまま、映画を観た。苛立ちと混乱で、映画の内容はほとんど覚えていない。旦那さんの言葉だけが響いていた。
熱が冷めていくうちに、良くないことを言ったと反省し、彼に謝った。
だけど、ある出来事が、私の胸に再び火をつけることになる。
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寒い冬の午後、混み合ったバスの中で起きた。車内は外の冷たい風とは対照的に、暖房が効きすぎて少しむっとするほどだった。
旦那さんと並んで座っていた。そこに、2人の白人女性が乗り込んできた。年は50代くらいだろうか、厚手のコートに毛糸の帽子、そして足元にはブーツ。
彼女たちは空席を探して、キョロキョロしている。私たちは「席、譲ろっか」と、ちょうど立ち上がろうとしていた。その瞬間、彼女たちと目が合い、会話が耳に飛び込んできた。
「最近の若い人は、全然席を譲ろうとしないのね。」
「どうせ、中国人でしょ。英語なんてわかんないわよ。」
私の英語力では、完璧に理解できたわけじゃない。でも言語が分からなくても伝わる。目線、声の調子、表情、態度。それらが、ナイフのようにこちらを向いていた。
彼はすでに立ち上がり、もちろん、英語で彼女たちに声をかけた。
「失礼ですが、今、席を譲ろうとしてたんですよ。あと、僕らは中国人じゃなくて日本人です。似てるからわからないですよね。あ、ちなみに僕は英語を話せますよ。」
その場が静まり返った。女性たちの顔がこわばった。周りの人も私たちに注目している。
旦那さんは微笑んでいる。彼は女性たちに席を譲り、私の手を軽く引いた。
彼の背中についていきながら、私は彼女たちの顔を見た。少しうろたえた様子だった。気まずさと、あるいは少しの怒りも混じっていたかもしれない。
何も知らずに「中国人、きらい」と言っていた、あの頃の自分と重なった。悪意はなかったからこそ始末が悪い。
彼に注意されて、バスでのやりとりがあって、“知らない”ということの怖さを、私はようやく知った。
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彼に、「区別」と「差別」の違いを教えてもらった。
「ただの“違い”に、優劣をつけた瞬間、それは“差別”になる。」
人種、国籍、言葉も同じ。それらはただの違いであって、誰が上でも下でもない。
私は今でも不安になる。差別や偏見は、人の心から完全に無くすことはできないと思う。
だから自分の目で見て、耳で聞いて、経験して、考えて、それから意見を言うようにしている。
今も、私はカナダで生活している。
アニメのフェスに行くと、国籍関係なく話が盛り上がる。悪口と同じで、「好き」も言語を越えると思った。
英語が話せない中国人と中国語が話せない私でも、漢字で意思疎通ができる。お互いの笑顔に国境はないなと感じる。
多様な顔、多様な言葉、多様な習慣。そのなかで、自分がどんなふうにいたいのかを、毎日、考える。


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